白  (しろ)
ホームやまとの彩>白 (しろ) 前ページ次ページ
 白  (しろ)
 R  G  B    (  255   255   255 )
 C M Y K   (  0    0    0    0 )
コンピューター上で白を作り出すのは大変簡単であるが、現実の生活の中で自然な白色を探した時、完全な白は存在するのだろうか。

白の文字の源は頭が白骨化したものと言われている。偉大な指導者や強敵の首は長く保存され、それが次第に白くなるので白色は明白、潔白の意に使われたと言う説がある。また白という文字はどんぐりの実を描いた象形文字で、下の部分は実の台座、上半はその実。柏科の木の実の白い中身を示すとも言われている。またシルキ(著)色の意とする説、「アヲ(漠)」に対する「シロ(顕)」と言う光の系列を言う語の転用とする説など様々である。

冠位十二階が制定された時(603年)は冠の色は紫、青、赤、黄 、白、黒の六色の濃淡で区別された。当時は白はさほど敬愛されていたわけではなかった。その後、冠位の制はたびたび修正され、白は位色から除外された時期もあったが(718年)養老衣服令では白が最高位になり、「天子の色」となり白は神聖の象徴になった。ただこの白は練った光沢のある絹、練絹をさしていた。当時日本では養蚕や絹織のレベルは低く光沢のある練絹は高級な輸入品であった。ゆえに太陽の下に光り輝く白い絹の色は「諸色を照らすもの」とみなし、最高位の色にしたのではないだろうか。

繊維を白くする為の色々な方法が日本のあちこちに残されている。白さを得る為に太陽の紫外線にあてることが古くから認識されている。沖縄の「海晒し」、新潟の湯沢地方の「雪晒し」、奈良の「奈良晒し」、京都の「南都晒し」や多摩川の調布では「川晒し」などが有名である。こうして人はまず白を発見して染色を始めたのである。

余談であるが、純潔、無垢のシンボルとされている結婚式のドレスが白色に定着したのは19C後半頃である。イギリスのヴィクトリア女王が1840年に白のサテンドレスとヴェールを着てから上流階級に流行して現在に至っている。




やまとの彩に戻る