柿色 (かきいろ)
ホームやまとの彩>柿色(かきいろ) 前ページ次ページ
 柿色 (かきいろ)
 R G B     ( 241  91  73 )
 C M Y K   ( 0   80   78   0 )
柿色の名前はかなり古くから文献に登場するが、室町時代にでてきた色名のようだ。ただこの時代の「柿色」はどのような染料で染められていたかはよく分かっていない。柿の実のような強い黄赤を柿色と呼ぶようになったのは 近世になってからのようだ。

夕日に映える柿色の美しさの赤色を焼物に定着しようと執念を燃やし、17年の歳月を費やし苦心の末、ようやく色鮮やかな日本で初めての色絵磁器の焼成に成功(1616)した有田焼の初代柿右衛門が心に焼きついた柿色はどのような色であったのか。
 柿色 (かきいろ)
 R G B     ( 147   94   71 )
 C M Y K    ( 36   65   74   18 )
江戸時代には柿渋と弁柄で染められた「柿渋色」の事を略して「柿色」または、「団十郎茶」と呼んでいたようだ。

歌舞伎の五世市川団十郎が狂言の「暫(しばらく)」で柿色の素襖(すおう)を用いた事からこの柿色が当時大流行した。また市川家の家紋は三舛で、大、中、小の正方形の三つの舛形を重ねた紋で、大紋の地の色が柿色(柿渋色)であり、柿色は市川家ゆかりの色として「団十郎茶」と呼ばれていた。又歌舞伎の定式幕(柿色、黒、萌黄色)の一色でもあった。
(薄柿、洒落柿、洗柿、照柿、鍋島柿、近衛柿、柿鼠、紅柿)など柿にまつわる色名が数多く残っている。

最後に染料となった柿渋はどのようで物であったか触れておく。渋柿の青い実から採取した液で、木や紙などに塗り防水用や防腐用として用いられていた。
平家物語には聖や修行者が厳しい修行や旅の折に柿渋染めの衣を用いていた事が記されている。

また、家康の遺品の中にも和紙の上に柿渋を何度も塗って着色し、それを何度も揉み上げて、裏には紫の羽二重をつけて真綿を入れた冬の防寒用の小袖が残っている。




やまとの彩に戻る