クロアチアの旅
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ブレッド湖(スロベニア)11/15

ブレッド湖
友人のグループは年に1度海外旅行を楽しみ、かれこれ16年になるそうです。ほぼメジャーな所は制覇し今回はクロアチアに行く計画を立てられ、5つの世界遺産を見ることが出来るという事で、参加させて頂く事になりなりました。私を含め10人の小グループに添乗員さんが付き、こじんまりとしたゆとりのある旅行でした。
成田からミュンヘン経由でその後小型プロペラ機でオーストリアのクラーゲンフルトの空港に到着、あとはチャーターしたバスでドブロブニクまで南下していく6泊8日の行程でした。
スベロニアのブレッド湖には夜中に到着し、ここから旅行が始まりました。

聖マリア教会

静寂の湖

手漕ぎのボートで

99段の階段

故チトー大統領の元別荘

ベルタワー

教会の扉

祭壇


湖畔では


ブレッド城
スロベニアの人口は約200万人位で60%が森林に囲まれた自然豊かな国です。氷河でできたブレッド湖は「アルプスの瞳」と呼ばれ、周辺は人口約1万人位で夏には各地から観光客が大勢訪れるそうです。11月のこの時期は観光客も少なく湖は静かで聖マリア教会のある小さな中島も訪れる人も少なく私達のグループだけでした。
湖を一望できるブレッド城は岩の上に出来た城砦で1004年に建てられ、それと同時にブレッド市が出来たそうです。
現在はワイン倉や博物館として使われ、またレストランもあり観光客が訪れているそうです。

岩でできた城

屋根の上は見張り棟

蔦の紅葉

博物館として

聖地トリグラウを望む

眼下には湖が広がる

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プリトヴィッツエ湖群国立公園(クロアチア)11/16

ザグレブ
クロアチアの首都ザグレブはゴシック様式とバロック様式の中世の町並みが残っている都市です。
市民の足として路面電車が利用されているそうです。一番初めに目に飛び込んできたのは、とにかく建物に落書きが多く驚きました。罰金も安いようで、なかなか落書きが無くなっていかないと現地のガイドさんが話してくれました。
丁度、日曜日にあたり街の中央にある 聖母マリア被昇天大聖堂には多くの市民がミサに訪れている光景を見ることが出来ました。
日曜礼拝中とあり物見遊山で大聖堂に入るのは気が引けましたが、静かに信者さんに紛れ込み聖堂の中を見てくることが出来ました。
大聖堂の近くには市が立ち、生鮮食料品や衣料日用雑貨などが売られていました。その市場の反対側には日本で言うと銀座に匹敵する人が集まる広場があり、サッカーの試合のある時は人が出て盛り上がるようです。クロアチアはサッカー好きの国民で現地在住の日本人ガイドさんは日本との試合が引き分けになった時はホッとしたと胸の内を話してくれました。

路面電車

聖母マリア被昇天大聖堂

聖マルコ大聖堂

石畳の町並み

市場

魚屋

ザグレブ中心部広場

時代を超えた屋根


プリトヴィッツエ湖群国立公園
毎回旅行に出る度に反省をするのですが、今回も同様、毎日の忙しさに事前にリサーチする時間が無く、もっとその国、その土地について色々調べておけばよかったと反省ばかりです。
ただ世界遺産に登録されているプリトヴィッツエ湖群国立公園だけは事前に画像で見て、どうしてもここを歩いてみたいと思っていました。氷河時代から今の湖の形になっているそうで、16の湖が中国の九寨溝の様な棚田になって、標高636M〜503Mの山間から流れる水が92の滝を作っています。
透明度90%以上と言う湖は泳いでいる魚を間近に見ることができ、光や見る時間、場所に寄って水の色合いが変化して見えます。その色の美しい事、何日も滞在してゆっくりと散策したい場所の1つです。
この国立公園が内戦の影響を受けていた事は帰国後に知りました。1979年世界遺産に登録された後1991年内戦の影響で公園が占拠され地雷が埋められ、1992年に危機遺産リストに登録され内戦が終わり、公園の管理体制が整う1998年に再度危機遺産リストから外されるなど、内戦の影響はこんな美しい大自然にも大きな影を落としていたとは、つい最近の出来事なんです。人間のおろかさを痛切に感じます。

大滝を眺める

棚田のような湖

湖の上に架る木道

色々なコース

透明度抜群

木道

自然と融和されている木道

ボート

たそがれ時

看板

90以上ある滝

全体の地図

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スプリット(クロアチア)11/17



車窓からの風景

ヨットハーバー

プリモシュテン

市場



トロギール
トロギール(金持ちの意)は2000年の都市と言われ、その起源は古代ギリシャから始り13世紀〜15世紀に発展したそうです。もとは半島の一部だったそうですが、度重なる敵からの侵入を防ぐため、周囲に水路を設けて半島と切り離して島全体を城壁で囲んだ都市だそうです。この旧市街は橋一本で新市街とつながっています。トロギールの中央に高くそびえる鐘楼は聖ロブロ大聖堂のもので、外周10分もかからない様な小さな島ですから、どこからでも見る事ができるランドマークです。この聖堂は、16世紀に鐘楼が完成するまで、なんと4世紀にわたり建設が続けられて、そのため、ルネサンス、ゴシック、ロマネスクなど様々な様式がミックスされているそうです。正面の門の彫刻はダルマチア地方の巨匠ラドヴァンによって1240年に作られたそうです。
またこの地はチャンスの神様の発祥の地でもあり、神様はなんと前髪3本しかないのですが、それを掴むのがチャンスを掴む事につながるそうな?ちょっと小耳に挟んだ話しですが。
このあたりダルマチア地方は美人の産地だそうで、実に綺麗な女性が多くクロアチアの男性はダルマチアの女性と結婚するのがご自慢だそうです。

聖ロブロ大聖堂

アダムの像

イブの像

天使のレリーフ

鐘楼の階段

鐘楼からの眺め

旧市街の日常を垣間見て

小学校

スプリット
キリス ト教を迫害していたローマ皇帝ディオクレティアヌスが退職した後、305年にスプリットに居城を構えたと言うことで大変歴史が古い町だそうです。海に面して四角な城壁に囲まれ東西南北の4つの門が配置され、城壁には見張り台が作られています。
ディオクレティアヌス皇帝が亡くなってからは宮殿は荒廃して行き、その後はローマ人の商人が住むようになり、ベネチアの領地として17世紀まで影響を受けるようになりました。その後オーストリア・ハンガリー帝国の支配下に置かれるが第一次大戦後にユーゴスラビアのクロアチアの領域になっていきました。
ディオクレティアヌス宮殿は長い時間をかけて修復されてきているので建築方式はベネチア様式からゴシック様式バロック様式と変化していきます。宮殿の塔は特にロマネスク様式、ゴシック様式とルネサンス様式と組み合わさっています。外壁はローマ時代からのものがいまだに残っていました。

宮殿の見取り図

大聖堂

エジプトから運ばれた

痛みが激しい

ベネチアの影響

豪商の家

ネクタイ発祥地

たそがれ時


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モスタルの橋地区(ボスニア・ヘルツェゴビナ)11/18



車窓からの風景

アドリア海岸沿いの町

教会を中心に

ボスニアに向かう途中



モスタル橋地区
ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦の話しはどこか遠い国の昔々の話のようにしか思えなかった。実際前線だった場所に来てみると、いまだに銃痕の残っている建物や爆弾で破壊された建物を目の当りにするとその凄ざましい光景に心が震える思いがします。
そしてそれは決して昔の話ではないと言うこと。
今回6日間バスの運転手さん(ゴーゴーさん)もボスニア生まれのクロアチア人でクロアチアに住んでいます。国境を越える時は多少顔パスがきくようでパスポートのチェックも緩やかのようでした。ゴーゴーさんいわく、「ユーゴスラビア連邦の方が簡単に行き来できて良かったよ」と話しをしてくれました。
おぼろげながら知っていた内戦の話でしたが、独立戦争が民族戦争に変っていき、結局は互いが互いを傷付け合い深い傷を心に残していく、いつの時でも戦争は残酷でしかない。ただ人間には再生していく力がある事をこの橋を見て感じます。
16世紀にオスマン帝国時代に作られた橋はボスニア・ヘルツェゴビナの内戦で橋は爆破されたが1999〜2004年にかけて復旧して2005年に世界遺産に登録されました。

内戦の痕跡

内戦の痕跡

スタル・モスト

歴史的に重要な橋

モスタル地域

民芸品の土産屋

モスク

ネレトバ川に架る橋

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ドブロブニクの旧市街11/19


ドブロブニク
ドブロブニクは娘が一昨年ピースボートで世界一周をした時の寄港地でした。その時美しい旧市街の写真を見て機会があったら是非行って見たいと思っていました。こんなにも早く娘が訪れた同じ地に足を踏み入れる機会が来るとは思いませんでした。
ドブロブニクの人口は約5万人で城壁の中は1000人が住んでいるそうです。この狭い中に大学・高校・小学校・病院があるそうです。ドブロブニクは古くはローマ時代からあり、南下してきたスラブ人とイタリア人とが一緒になり作られた旧市街だそうです。
ドブロブニクの事を「アドリア海の真珠」と言われるのは、美しい市街と言う意味もありますが、もう1つは石を落として埋め立てて作られた市街なので「海から浮かび上がり誕生した町」と言う意味も含まれるそうです。この町も1667年の大地震で町が崩壊し、その後内戦でも酷いダメージを受け市民が力を合わせて復興して行った町の歴史があります。市民の自律により町を作り上げていく自由都市国家の精神がここドブロブニクにはあります。

ピレ門の守護神

フランシスコ修道院

街路地

プラツァ通り

オノフィリオ噴水

城壁

城壁の大砲

営み

船着場

展望台からの眺め

城壁ウォーク

大聖堂

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クロアチアで出会った人々




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