島田帯祭り
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大奴


統ある島田の大祭りは日本三大奇祭の一つであり、3年に一度、寅・巳・申・亥の年に開催されます。
この祭りは古く徳川幕府の元禄8年頃にさかのぼり、315年(105回)の歴史を持っております。

祭りの花形は何といっても25人の大奴が2本の木太刀に丸帯を吊るして左手に蛇の目傘をさし、右手で調子をとりながら舞うように歩く様が大変華麗で珍しいです。

大名行列は「下に〜い、下にい」と拍子木を叩きながら先頭に立つお先触れから5つの屋台の最後尾までは全長で1kもあります。少し歩いては休憩し、又少し歩いては休憩しと、のんびりしたお祭りで早朝から夜の屋台踊りまで1日中お祭りが行われています。

私がまだ小さい頃は男と子供のお祭りでした。若い年頃の女性は参加できない封建的なお祭りでしたが、近年地踊りに若い女性が半被を着て青年や子供に混じって踊っております。

無形文化財になっている鹿島踊りも珍しく、今までは中学生の男子が舞っていましたが、最近は女子も参加するようになりました。
少子化の影響が伝統ある祭りにも影響している事を感じます。

島田帯祭

大名行列の始まり
お先触

持筒
(赤鉄砲・黒鉄砲)

大奴

大奴

大奴

大奴

挟箱

大鳥毛

大鳥毛

お唄方

葛籠馬

大榊と稚児行列

猿田彦

御神輿

宮司

鹿島踊

三番叟

お鏡

鼓とササラ

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処、島田のメインストリートは1丁目から7丁目まであり、それぞれの丁目に脇丁が参加して祭りが構成されています。最近ではそれでも参加人数が足りず、募集して、友人の友人、そのまた友人と言った若者や子供が参加しています。

1丁目から5丁目は屋台を出し、上踊り、地踊りを各町内で競い合いながら祭りを盛り上げています。
6丁目は鹿島踊り、7丁目は大名行列とそれぞれが昔ながらの役割分担をして伝統を継承しています。
上踊りは4歳位から8歳位の子供が数ヶ月、日本舞踊の師匠について習い、3日間踊り続けます。

島田の大祭りを別名「長唄祭り」とも言います。昔から屋台には一流の長唄三味線の芸人さんを江戸から招き、その名演奏にのって、子供たちが屋台の上で舞います。昔は島田の屋台に乗って演奏することは芸人さん達にとってもステータスでもあったそうです。

祭りを面白くしてくれるのは屋台のすれ違いです。
2台の屋台が向かい合ってどちらが先に道を譲るか、屋根に乗った青年衆、綱を引く青年衆が熱くなる祭りの見所でもあります。
3日間の祭りも終盤となり、大名行列は本陣入りして、最後各町内に戻った屋台では上踊りが行われ、それが終わると青年衆が屋台の綱を引き、町内を練り歩きます。そしてまた3年後の祭りを楽しみに手締めで祭りが静かに終わりになります。

屋台

上踊り

地踊り

地踊り

踊り子

踊り子

上踊り

上踊り

上踊り

上踊り

上踊り

長唄の芸人さん達

屋台を引く青年衆

青年衆のお囃子

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を競って見えないところにお金を掛けます。

各町内で青年・中老とそれぞれが揃いの半被(上看板)を着ます。上看板は木綿で作られ、昼間行列のときは揃って着なくてはいけません。しかし行列のとき以外は上看板の下に中看板といってもう1枚半被を重ね着ています。大抵は絹でリバーシブルで作られたりするようです。
それらの絵柄は自分の好きな絵柄を注文し、歌舞伎絵であったり、浮世絵であったりして私達の目を楽しませてくれます。

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