駿河巡り2
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島田宿大井川川越遺跡(島田市)


「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」と東海道を旅する人々にとって渡るのに困難な川を歌った有名な歌があります。
雨が続くと何日も足止めされるため、川越しや川留めにまつわる物語や数多くの俳句が残されています。十辺舎一九の「東海道中膝栗毛」の中にも弥次さん喜多さんが川越賃金を値切ったりしながら、やっとの思いで川を渡る話があります。

川越遺跡跡は規模は小さく、訪れる人も余りいませんが復元された昭和40年台の建物が保存されています。中高時代の友人の家が当時近くにあり、まるで時間がタイムスリップしたような感じがしました。

今回この近くにある島田市博物館の特別企画展「島田・金谷の美術家たち」を見に来ました。
幼児期から中学まで絵の指導を受けていた故滝沢清先生の作品が展示されているのを知ったからです。その当時の口ひげをはやした先生の懐かしい写真に出会う事ができました。








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登呂遺跡(静岡市)




小学校の3年生の時に社会科見学で訪れた事がある登呂遺跡です。半世紀近く時が流れ私の中の記憶はほとんど皆無でした。

教科書で有名な登呂遺跡は歴史的価値のある重要な遺跡の一つですが、正直驚きました。まるでただの公園のようで、子供たちが柵の中に入って飛び回っている光景を見て「そんな事で良いのかしら!」と。同行した従妹の地元情報では、数年前には復元された家屋には自由に出入りができ中学生の溜り場になっていたと・・・ごく最近になって戸だけは閉められるようになったという話を、憮然としました。

弥生時代の復元した水田(地下1Mに水田跡が保存されている)には赤米などの古代米を植えているそうです。干されている稲の側に鳥たちが集まりこぼれ落ちた稲穂をついばむ光景は懐かしさを感じ心が和みます。

およそ2000年前の弥生時代にもここから望む富士山はさぞかし美しかっただろうと、雪に覆われた富士山を見ながら思いをめぐらせました。

実は今回は同じ敷地内にある人間国宝の染色家芹沢_介美術館を訪れ事が目的でしたが、残念ながら祝日の次の日ということで休館日でした。またの帰郷の楽しみに取っておきましょう。




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駿府城跡(静岡市)


駿河の国は徳川家康が今川氏の人質として幼少の頃12年間生活をした処であり、また隠居してからも居城していたゆかりの処です。
駿府城は家康が逝去してから後大火にあい殆どが焼失してしまいました。もしそのまま残っていたら歴史的価値の高い城の一つであった事は言うまでもありません。

まだ高校生の頃、石垣と堀しか無い駿府公園はアイヴィールックの学生がギターを抱え、たむろしていた場所でした。
当時フォークソングが流行し黒いギターケースを持ち歩く事が若者のトレンディーでもありました。あちらこちらでフォークソングフェスティバルが開催され、アマチュアバンドが演奏していました。その中でPPMスタイルで「悲惨な戦争」や「花は何処に行ったの」などの反戦歌を歌っていた事もありました。懐かしい高校時代の駿府公園の思い出です。
グループはいまだに解散する事も無くおじさん・おばさんになっても今も地元でフォークソングを楽しんでいるそうです。


外堀


外堀


東御門

中堀

鏡石


巽櫓

内堀

公園内

紅葉山庭園

紅葉山庭園

紅葉山庭園

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